「静かなる魂の旅」を歩く

旅行

「静かなる魂の旅」を歩く
  • 今すぐビットコインを手に入れるたった2つの方法
  • 旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸
旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸

トリエステ!須賀敦子とともに

まだ行ったことのない街を歩く

須賀 敦子は、日本の随筆家・イタリア文学者。 従兄弟には、考古学者で同志社大学名誉教授の森浩一がいる。 20代後半から30代が終わるまでイタリアで過ごし、40代はいわゆる専業非常勤講師として過ごす。50代以降、イタリア文学の翻訳者として脚光を浴び、50代後半からは随筆家としても注目を浴びた。 ウィキペディア
生年月日: 1929年2月1日
生まれ: 兵庫県
死亡: 1998年3月20日
配偶者: ジュゼッペ・リッカ

出典 http://ja.wikipedia.org

須賀敦子との出会いはNHKの番組「静かなる魂の旅」三部作を見てからだった。戦後のこんな時代にこんな人がいた。裕福な家庭だったとはいえ、戦後すぐという時代にフランスに留学し、その後イタリアに住み、コルシア書店の活動に関わり、貧しいけれど同志とも言える人と結婚している。こんな生き方をした人がいる。自分が考えたこともない生き方だった。こんな生き方がしたかったと思った。
夫の死後帰国し、60歳で処女作「ミラノ霧の風景」を著した。本を読んでその文章に引き込まれた。
私を「魂の旅」へと導いてくれたのかもしれない。

まだ行ったことのない街『トリエステ』。昔はイタリアの辺境の地。須賀敦子はトリエステを「ユーゴスラヴィア(現クロアチア)の内部に、細い舌のように食い込んだ盲腸のようなイタリアの領土」と表現している。坂の多い街で海から吹いてくる強い北風が名物で、冬に吹くその風は『ボーラ』と呼ばれ、ギリシャ神話の四人の風神のうちの、北風の神ボレアースから名付けられたという。
この街を知ったのも須賀敦子の本を読んでだった。詩人ウンベルト・サバの街。須賀敦子と夫はこの人の詩を愛し、亡き夫と行けなかったトリエステを夫亡きあと20年を経て訪れている。サバの足跡を辿って。その時から私にとっても憧れの地となった。

石と霧の間で僕は
休暇を楽しむ。大聖堂の
広場に来てほっとする。
星のかわりに、   
ことばに灯がともる。
生きることほど、
人生の疲れを癒してくれるものは、ない。  
ウンベルト・サバ
訳 須賀敦子
イタリアには2度長い旅をしているが、何故か2度とも須賀敦子が「私のミラノ」と呼んだミラノにもトリエステにも行っていない。

トリエステのサバ書店
ウンベルト・サバは古書店を営んでいた。その書店を受け継いだ人がサバの名づけた「二つの世界の書店」という名を、有名なサバの書店とわかるよう観光用に「サバ書店」と変えたらしい。今でもこの書店はあるのだろうか。
サバのいう二つの世界とは?ユダヤ人の母を持ち、サバの中にもあった異文化の重層性、トリエステそのものが持つ文化、ウィーンとフィレンツェのせめぎあう街。
須賀敦子の分析は人の中に脈々と流れる血と土地が分離して存在しえないことを示しているように思う。

http://italiashio.exblog.jp/16666499/

第一次世界大戦までは長らくオーストリア=ハンガリー帝国の統治下にあり、文化的にはオーストリア帝国の影響が色濃く残っているという。複雑な歴史を持つトリエステは二つの文化が混在し、その複雑な歴史ゆえに人々も複雑な感情の中で現在のトリエステを受け入れ育ててきたのだろう。観光スポットは多くあるこの街を、須賀敦子はサバの足跡のみを追って歩いている。私はその須賀敦子のあとを追って歩いている。

1
  • 今すぐビットコインを手に入れるたった2つの方法
  • 誰でも簡単に無料で作れる 稼げるブログ Dreamers!

関連記事

ピックアップ!

ピックアップ!

カテゴリー

月別アーカイブ

次世代型キュレーションブログ!DREAMERS!無料作成はコチラ